塾生と・・・名無し


私は数年前まで個人経営の塾で講師として働いていました。
ご存じの方もいらっしゃると思いますが、塾の講師というのは大した肩書きも必要とせず、
特に免許も必要ではありません。
私は、中学生時代をその塾で過ごしその当時から塾長(経営者)に
「ぜひ、この塾で講師をしてほしい。いずれは副塾長に。」
と言われていました。
元々勉強が嫌いということもあり、当時中学2年生だった私は特に気にも止めず、就職願望が
あったので地元の商業高校に進学しました。
高校生活も普通に送っていたのですが、2年生になったある日、これからの就職のことを
考え、就職難という時代背景もあり中学生当時通っていた塾に講師として就職しようと
決心しました。

まずは、塾に挨拶に行き塾長と話しをすると簡単にOKをもらえ、3年生の夏休みから
臨時講師としてアルバイトをすることになりました。
そこは教える対象が小学生から中学生で、私の弟も通っていたので教えにくかったのを覚えて
います。それでも、生徒と年齢が近いということもあり、話しが合うということで、
生徒から何度かバレンタインチョコをもらっていました。
しかし、私は塾の生徒のおかげで自分が給料を手にしているという気持ちがありましたので、
生徒と深い仲になることはありませんでした。

そう、ただ一度をのぞいては・・・・。

その日は、塾生だけでなく一般生も対象にした公開冬期講習会の初日でした。私は高校3年生
で、冬休みを利用して研修と塾長のアシスタントということで朝早くからやってくる中学3年生の
生徒に講習会用のテキストを塾の入り口の机の傍で渡していました。
いつも塾で見慣れた生徒の中に、一般講習生であろう一人の女の子が机の前に立ったのですが、
「あれ?山下さん?」
と思わず口走ってしまったのです。

私の目の前の女の子は、中学時代に私が片思いだった同級生の妹だったのです。
あまりにも顔が似ていたので思わず声が出てしまったのですが、当然、その女の子は訳が分からず
不思議そうな目で私を見ていました。

私の弟も当時中学3年生ということもあり、私の素性もある程度バレていました。中には私が
現役の高校生ということを知っている生徒もいるので、その山下妹もすぐに私がお姉さんと
同級生だということを知ったみたいでした。
授業中は塾長のサポートとして同じ教室で授業を後ろから見ていて、問題を解く間に教室内を
歩きながら質問に答えるという形式をとっていました。なかなか山下妹と話す機会がなく日程が
過ぎていったのですが、ある時、1時間ぐらい時間をとって補講をしてほしいとの要望を
受けました。山下妹は決してできない生徒ではなく中の中といったところだったのですが、
翌日の授業時間割を見てみると塾長は別の教室の授業に出ているため、私が朝早くにその補講を
見ることになりました。

たしかに好きだった子の妹ということもあり、当日はかなり浮かれ気分で塾に向かったのですが、
あくまでも2人きりになれるのが嬉しかっただけで、それ以上を望むつもりもありませんでした。
塾舎につくとすでにその子は来ていて、鍵を開けて教室の暖房を入れて、さっそく補講を始め
ました。
本人も真剣に補講を受けていたのですが、30分も過ぎた頃から少しずつ集中力が乱れ始め、
雑談をする回数も増えてきました。
私も特に話しを制止することもなくいろいろな話しを一緒にしていたのですが、お姉さんが年賀状を
出すから住所を教えてくれと言われました。
今は好きだという感情もないけれど、昔好きだった女の子から年賀状がくるということで
その場は簡単に住所を教え、また補講を再開しました。
補講も終わり通常の講習会授業が始まり、また私と山下妹は普通の教師と生徒の関係へと戻って
いったのです。

それから、年も明けて新しい一年を迎えた最初の日。そう1月1日・・・・
届いた年賀状を一枚ずつ見ていると、山下姉からの年賀状はなく、代わりに妹からの年賀状が
ありました。
「あけましておめでとうございます。
先生と会えるのもあと4日ですが、お友達(?)になれてよかったです。
塾の先生の中で先生が一番気に入ってるんだからねっ。
高校に受かったら真っ先に先生に言いに来るから待っててね!!
これからも頑張ってくださいな。きっといい先生になれると思うよ。」
当時は嬉しいという気持ちよりも、妹から年賀状が届いたということがとても意外に感じられていました。

私は、決してかっこいいというタイプではなく彼女もいません。そればかりか、女性と付き合った
こともないくらいの男子高校生でした。
ですので、先生が一番気に入ってると言われても、教師と生徒とのいわば社交辞令的発言だと思って
いました。とにかく、お返しの年賀状を出さないといけないと思い、残った年賀状がなかったので、
仕方なく一枚の便せんに年賀の挨拶を書いて、年初の授業で渡すことにしました。
近くの神社で合格祈願をしたこと。車の免許をとったら最初に乗せてあげるということ。
たぶん、そんなことを書いていたと思います。

年が明けて最初の授業の日。
その子に先ほどの便せんを手渡し授業に入りました。すると、授業後にまた手紙をもらったのです。
手紙には祈願してくれたお礼と、車の免許をとったら必ず最初に乗せてほしいということが
書いてありました。この頃からお互いに少しずつ恋心が芽生え始めたと思います。

そして、その日の講習会が全て終わったころ、数人の一般講習生が塾の事務室の前にやってきてこう言ったのです。
「このあとの塾生向けの通常授業を受けたい」と。
その中には山下妹もいました。

その日は、講習会後に通常の英語と数学の授業が塾生のみの対象で行われる曜日でした。
当然、塾生は月謝を払って受けているわけですから、塾長が断ると思っていたのですが、
ふたつ返事で了解していました。
私も授業を見学させてもらうことになっていたので、またしばらく一緒に居ることができると
内心嬉しく思っていました。

授業も終わり、塾生は授業後の補習に入ったころ先ほどの一般講習生達は帰る支度を始め、
みんな帰っていきました。
ところが、山下妹だけがみんなと反対方向に帰ることになるので、入り口のところで
しゃべりながら見ていた私が途中まで送ることになりました。

当然、現役高校生ですので車という便利な道具はなく、歩いて途中まで送っていき、
そこで座り込んで二人でしゃべりました。
どんな話しをしたかは覚えていませんが、その後私は別教室に移動して授業を
見ることになっていましたので、戻る時間を気にしながら会話をしていました。

戻る時間になり、そろそろ戻らないといけない事を伝え、軽く冗談で、
「ほっぺにチューしよっか?」
と言ったところ、笑いながらいやだと言われたのですが、
本当に戻らないといけない時間になり、戻ろうとしていると
「やっぱりチューして!!」
と言われ、照れながらほっぺに軽くキスをしました。

私はとにかく恥ずかしさからそのまま走ってまた塾舎まで戻り、結局振り返ることも
できなかったのですが、翌日は講習会最終日で修了テストを受けることになっていて、
朝顔をあわせたときに手紙をもらいました。
内容は山下妹にとっては、初めてのチュッではなかったということ、私のことを考えると
勉強が手につかないということが書いてあったと思います。

この頃から、お互いに芽生えた小さな恋心が、風船のように大きくふくれだし始めたのです。

テスト中は別の教室のテスト監督だったので、話すどころか一緒にいることもありません
でした。
翌日は日曜日だったので、二人でカラオケに行きキスをしました。
恥ずかしながら私にとっては始めてのキスだったのですが舌が入ってきてかなり驚きました。
結局その日はカラオケボックスの中だったということもあり、キスだけで終わってしまい、
その後もカラオケに行ってはキスをするという関係でしたが、高校受験も目前であり、
他人の目が気になるということもあってか、だんだんと連絡を取る回数も減ってました。
もっとも、当時は携帯などという高価なものはお互いもってませんでしたので、お互いの
家に電話をして話しをする。ときに、お互いの兄弟が出てびっくりすることもありました。
高校受験が終わって、あらためて付き合ってほしいという手紙を出しましたが、返事は
来ることもなく、それから私は一塾講師、山下妹は高校生という別の道を歩み始めました。

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